2024年にMicrosoftが発表した「Copilot+ PC」は、AIを中核に据えた次世代Windows PCとして注目されています。では、CGや映像制作に携わるプロフェッショナルにとって、このCopilot+ PCはどれほどのメリットがあるのでしょうか?ここでは、従来のハイエンドPCとの違いを踏まえつつ、CGクリエイター目線で導入価値を整理します。
Copilot+ PCの基本特徴とは?
Copilot+ PCは、NPU(Neural Processing Unit)を標準搭載し、毎秒40TOPS以上のAI処理能力を持ちます。これにより、従来はクラウドで行っていたAIタスクをローカルで高速処理することが可能になりました。加えて、Windowsに統合されたAIアシスタント「Copilot」が、OSレベルでさまざまな作業をサポートします。
主な機能:
以下は、Copilot+ PCに搭載されている代表的なAI機能です。それぞれがどのように作業を支援してくれるのか、具体的な使用シーンを想定しながら順にご紹介します。
● Recall(リコール)
PC上で行った操作や表示内容を自動的に記録し、過去の作業履歴を時系列で参照できます。ファイル名を忘れていても、「昨日After Effectsで開いていたプロジェクト」などと自然言語で検索すれば該当画面を呼び出すことが可能。素材探しやバージョン違いの確認作業を劇的に効率化します。
2024年10月の発表時点ではプライバシーへの配慮から、Recallはオプトイン形式で利用する設計となっており、利用には顔認証や指紋認証などの生体認証が必要です。記録内容もローカル保存され、ユーザーが削除・管理可能な仕様が採られています。
● Cocreator(コクリエイター)
簡単なスケッチやテキストから画像を生成できるツールで、イメージラフや背景のモックアップ制作に便利です。例えば、企画段階で「森の中の霧がかった風景」を指示すれば、AIが複数の画像案を提案。PhotoshopやClip Studioなどへの流用もスムーズに行えます。
当初はSnapdragon X EliteなどARM搭載モデルに限定されていましたが、現在ではIntelやAMDのCopilot+対応PCでも同様に利用可能となっています。
● ライブキャプション+翻訳
会議やオンライン動画の音声をリアルタイムで文字起こしし、44言語から英語への翻訳にも対応。ZoomやTeamsでの多言語会議、YouTubeインタビューの収録、ナレーション素材の確認などで活躍。字幕ファイル(.srt)として書き出す拡張も視野に入っています。
この機能も現在ではIntel Core UltraやRyzen AI対応モデルでも正式に利用可能となっており、ARM以外のプラットフォームでも恩恵を受けられます。
● Windowsスタジオエフェクト
映像会議や収録時に、カメラ映像の背景ぼかし、視線補正、顔の明るさ補正、マイクのノイズ除去などを自動で行います。講義撮影やプレゼン収録、メッセージ映像制作などで、手軽に整った映像を得ることができます。
● 音声認識と議事録支援
マイク入力や動画音声をリアルタイムでテキスト化し、その内容を自動要約する機能です。打ち合わせやナレーション収録、オーディションの記録整理などに応用可能。「この発言だけ抜き出して」などの検索指示にも対応でき、事後作業の大幅な短縮が期待できます。
この機能もARM搭載モデルだけでなく、IntelやAMDのCopilot+対応PCでも展開されており、OS機能としての汎用性が高まっています。

CG・映像制作における利点
1. Adobe Firefly系機能の高速化
Photoshopの「生成塗りつぶし」や「構図の自動調整」、Premiere Proの「自動字幕生成」「要約」「AIノイズ除去」など、最新のAI機能群がNPUでローカル実行されることで、反応速度とバッテリー効率が大幅に向上。特にクラウド連携不要のオフライン生成が可能なのは大きなポイント。
2. マルチアプリ連携支援
たとえば「このAfter Effectsの映像に合うBGMを提案して」といった、アプリ横断の指示が自然言語で可能。CopilotはAdobeアプリやEdge、エクスプローラーとも連携し、制作フロー全体を一元的に補助してくれる。
3. Recallによる制作履歴の視覚的検索
ファイル名が不明でも、過去の編集中に開いていたレイヤー構成やサムネイルが時系列で表示されるため、素材の再発見・再利用がしやすい。バージョン管理の補助にもなる。
4. Cocreatorによるスケッチ補完・背景生成
映像の中に挿入する簡易的なカットイラストや背景素材などを、プロンプトまたはスケッチベースで即座に生成でき、ラフ段階の提案・プレゼン資料作成に役立つ。
5. 長時間駆動・静音性による現場対応
Snapdragon X Elite搭載モデルでは、20時間超の駆動時間とファンレス設計により、撮影現場や移動中の作業にも対応可能。モバイル用途の補助機として非常に実用的。
注意点と制約
Copilot+ PCは、CG・映像制作を支援する先進的なAI機能を搭載していますが、制作現場で導入するにあたってはいくつかの制約や注意点も存在します。
まず、現行の多くのCopilot+ PCはARMアーキテクチャ(Snapdragon X Eliteなど)を採用しており、従来のx86/x64アプリとの互換性に課題があります。Microsoftの互換レイヤー「Prism」を通じて多くのアプリが動作するとはいえ、エミュレーションによるパフォーマンスの低下や、一部機能の非対応などが報告されています。
また、最近ではIntelやAMDのx86アーキテクチャを搭載したCopilot+ PCも登場していますが、NPU性能の差異により、AI機能がすべて利用できるとは限りません。特に、NPUの処理能力が基準値(40TOPS)を下回るモデルでは、Copilot+の一部機能が無効化されるケースもあります。
さらに、CGクリエイターにとって特に重要な制作業務においては、AI機能の活用範囲が限定的です。PhotoshopやPremiere ProといったAdobe系アプリでは、生成塗りつぶしやAI字幕作成、ノイズ除去などの機能がローカルで高速動作し、一定の効果を発揮しますが、After Effectsや3D制作ツール(Blender、Cinema 4Dなど)では恩恵が限定的です。これは、GPU依存の処理や、ARM環境では動作しないプラグインの存在が理由です。
一方で、資料作成、ラフ案の生成、会議録の作成といった周辺業務においては、Copilot+ PCのAI機能が業務効率を高める有力なツールとなります。サブ機やモバイル補助端末としての導入であれば、十分に活用価値があるでしょう。
以下に、具体的な技術的制約や未対応事項の代表例をまとめます。
1. Adobe系でもAEは未対応プラグインあり
After Effectsにおいては、一部プラグイン(特にGPU依存型)がARM版Windowsで動作しない。Mocha Proや特定のレンズディストーション補正プラグインなどは要確認。
2. CUDAやOptiX依存の3Dレンダリングは非対応
BlenderのCycles(OptiXモード)やRedshiftなどのレンダラーは、NVIDIA GPUでなければ本来の性能を発揮できず、Copilot+ PCでは置き換えが難しい。
3. ハードウェア構成の傾向
現時点で市販されているCopilot+ PCは、主に薄型ノートPCやモバイル向けモデルが中心で、メモリは16~32GB、ストレージは最大2TBまでの構成に限られています。これは製品設計上の選択であり、ユーザーが後から拡張することは難しいケースが多いです。
Copilot+ PC自体は64GB以上のメモリや複数ストレージ構成でも動作可能ですが、現状ではそのようなハイエンド構成を備えたモデルは一般的ではありません。高負荷なCG制作や映像編集においては、現在の製品ラインナップではスペック的に不十分となる可能性がある点を把握しておく必要があります。
結論:導入の判断基準
Copilot+ PCは、AIアシスタントによる作業補助や軽量な制作支援には大きな力を発揮します。特にPhotoshopやPremiere ProなどでのAI機能活用、外出先での作業、資料作成・プレゼン準備には非常に有効です。
一方で、本格的な3DCGレンダリングやAEでの複雑な合成、GPUを使用することが前提の制作環境には、従来のハイエンドPC(RTX 4080/3090搭載など)が優位といえるでしょう。
そのため、現状ではCopilot+ PCをメイン機として制作業務に使用するのは難しいものの、「AI活用に特化したサブ機」や「モバイルワーク向けの補助PC」として導入することで、業務効率化に大きく貢献します。
また、今後デスクトップクラスのハードウェア構成(大容量メモリ、高性能GPU、複数ストレージ対応)でCopilot+対応モデルが提供されるようになれば、AIを活用したより高度かつ効率的な制作ワークフローが実現する可能性が高まります。
制作ツールとしての成熟にはまだ時間を要するものの、その進化の方向性には十分注目する価値がありそうです。
この記事では「Copilot+ PCとは何か」「CG・映像制作者にとっての利点・制約」について、できるだけ実務視点から整理しました。今後の導入や買い替えの参考になれば幸いです。
※2025年4月時点の情報に基づいています。最新のアプリ対応状況は、各メーカーやAdobeの公式発表をご確認ください。
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