はじめに:映像クリエイターとIDの接点
インストラクショナルデザイン(ID)とは、「人に何かを理解させる」ための設計手法です。もともとは教育や研修の分野で発展してきた考え方ですが、実は映像制作とも非常に親和性が高く、「伝える映像」「理解させる映像」をつくるうえで欠かせない視点となります。
映像制作の現場では、構成・演出・編集といった工程繰り返し行われています。流れ作業で進めてしまったり、組みやすい展開で進めてしまったりすることも少なからずあるのではないでしょうか。もちろん私にも経験があります。しかし、その裏にあるべき「視聴者の理解や行動を促すための設計思想」を明確にすることで、映像の本来の目的がさらに明確になるようなことがあります。
本記事では、この“伝わる設計”=インストラクショナルデザインの考え方を、映像表現にどう取り入れるかを実践的に掘り下げ、映像のレベルアップに繋がる考え方をまとめていきたいと思います。
映像の構成を立案する際や、編集時に無意識に行っていることだと思いますが、改めて整理することで見えてくることもあるかもしれませんので、どうぞお付き合いください。

映像制作とインストラクショナルデザインの共通点
映像制作とIDは、一見まったく異なる分野のように思えるかもしれません。しかし本質を見てみると、どちらも「情報をわかりやすく、効果的に伝える」という目的を共有しています。
どちらも「ゴールから逆算して設計」する
教育におけるIDでは、「学習者にどうなってほしいか」という最終目標を定め、そこから逆算してコンテンツの順序や表現手法を設計します。映像制作においても「この動画で何を伝えたいか」「どのような印象を残したいか」を明確にしてから、構成や撮影、編集を考えることが理想です。つまり、どちらも“設計の出発点はゴール”なのです。
視聴者は“受動的な学習者”である
視聴者は映像を見ることで情報を受け取りますが、その理解の深さは必ずしも制作者の意図どおりにはなりません。これは、視聴者が映像内のすべての情報を同時に処理することが難しいからです。IDでは、このような「認知的な限界」に配慮した設計を行うため、映像制作にその考えを取り入れることで、情報の取りこぼしを減らし、理解を深める効果が期待できます。

映像制作に活かせるIDの要素(実践編)
インストラクショナルデザインにはさまざまな技法がありますが、映像制作者が特に意識したいのは「視聴者の理解を支援するための設計」です。以下に、映像制作に即したIDの応用ポイントを紹介します。
ゴール(学習目標・伝達目標)の明示
まず何よりも大事なのは、「この映像で何を伝えるか」という目的を明文化することです。これは単なるテーマ設定ではなく、視聴者がどのような知識・印象・行動を得ることを期待するのかまで掘り下げる必要があります。このゴールが明確でないと、構成が散漫になり、視聴者の理解がぼやけてしまいます。
具体的なテロップで示したり、ゴールをイメージできる映像を最初に見せたりします。
アテンション設計(注意喚起)
視聴者の注意をどこに向けるかは、映像の設計において非常に重要です。人間の注意力は一時的なものであり、視覚・聴覚のどちらか一方が過剰になると、理解が追いつかなくなります。そこで、重要な場面で色彩を変える、カメラワークを工夫する、音で視線を誘導するといった「注意の設計」が有効になります。
これは、VRでは特に重要で画面内に多数の情報や、どこを見てよいかをアイコンや矢印、明暗で示すことで視聴者が見落としてしまうことを防止できます。
視聴者の前提知識を想定した構成
どのような背景を持つ視聴者がこの映像を見るのかを想定することは、情報の順序や難易度を決定するうえで不可欠です。初心者向けであれば、用語解説やたとえ話を多めに使用してわかりやすくし、専門家向けであれば冗長な導入は避け、すぐに核心に迫る内容が好まれます。
IDではこの「スキャフォールディング(足場掛け)」の概念が重視されます。
反復と要約の活用
一度見ただけで完全に理解できる映像は稀です。大事な情報は、適切なタイミングで何度か登場させることで記憶に残りやすくなります。角度を変えたり、速度を変えたり、色を変えたり、文字テロップ以外の補足の線や矢印等で視覚的に補填するという方法もあります。
また、終盤での要約や、章立てごとの小まとめを入れることで、視聴者が情報を再整理できる時間を提供することが可能になります。
認知負荷のコントロール
情報の量が多すぎると、視聴者は途中で理解を諦めてしまいます。IDでは「認知負荷理論」に基づき、同時に提示する情報の量や種類を調整します。映像制作でも、ナレーションとテロップの内容が被らないようにしたり、イラストやCGで視覚的に補完したりすることで、視聴者の情報処理をサポートできます。
1画面で伝える情報を少なくし順に解説する、あるいは、画面の流れを途中で止めて、整理した後に、画面を進めるような構成が必要になります。
まとめ:映像制作にIDを導入するメリット
インストラクショナルデザインの考え方を映像制作に取り入れることで、「見た目がかっこいい」「雰囲気が良い」といった表層的な評価だけでなく、「見て理解できた」「記憶に残った」「行動したくなった」といった深い成果に結びつけることが可能になります。
項目 | 従来の映像制作 | ID視点を取り入れた映像 |
---|---|---|
設計思想 | 感覚・経験重視 | 視聴者理解を設計 |
視聴者像 | 不特定多数 | 明確なターゲット |
構成 | 時系列 or 演出重視 | ゴールから逆算構成 |
成果 | 「見られる」ことが目的化 | 「理解・共感・行動」につながる |

おわりに:映像制作者こそIDを活かせる存在
映像は情報を視覚と聴覚で届ける強力な手段ですが、それが「伝わる」かどうかは設計次第です。感覚や演出に頼るだけでなく、視聴者の理解や認知を意識したID的アプローチを取り入れることで、映像の効果は大きく変わります。
特に、BtoB映像、教育コンテンツ、自治体・公共向け映像、製品マニュアル動画など、視聴者に「何かを理解させること」が目的となる映像分野では、インストラクショナルデザインの導入は大きな差を生み出します。
フィジカルアイでは、CGやAIを活用した映像制作とあわせて、インストラクショナルデザインの考え方を取り入れた「伝える設計」にも力を入れています。
視聴者の記憶に残り、行動につながる映像を——その第一歩は、「設計」から始まります。
是非、皆様の映像制作にお役立てください。