前回は「色空間とは何か?」という基本的な仕組みについて、色域・白色点・ガンマといった構成要素から順を追って解説しました。
しかし、実際の現場では「色空間の選び方」以上に、リニアと非リニアの違いが原因でトラブルに陥ることが少なくありません。これは、人間の視覚と、コンピュータの数値処理の違い=「リニア」と「非リニア」の問題が深く関わっています。

この第2回では、映像制作における「明るさの正体」を、数値の意味から整理しながら、なぜリニアで作って非リニアで見せるべきなのかというワークフローについてお話してみたいと思います。
はじめに:色が濁る、暗くなる、その理由は「リニア」にある?
After Effectsで合成した映像が「思ったより暗い」「コントラストが弱い」「なんとなく色が濁っている」──そんな経験はありませんか?
実はそれ、多くの場合「リニアと非リニアの誤解や設定ミス」が原因です。
CG制作やVFX、カラーグレーディングなど、色を“扱う”仕事では、数値と見え方の関係=リニアと非リニアの理解が欠かせません。この記事では、「リニアって何?」「ガンマ補正って必要なの?」という疑問を、できるだけやさしく整理していきます。
リニアと非リニアとは?
「リニア(linear)」とは直線的な関係を意味します。映像の明るさにおいては、「数値の変化」と「光の強さ(輝度)」が比例する状態を指します。
たとえばリニア空間では:
これは、光の物理的な加算がそのまま数値に反映される状態です。CGのライティングや合成では、この「数値=光の強さ」として正確に計算できるリニア空間で作業することが基本です。
一方、人間の目は明るさをリニアには感じていません。暗部の変化には敏感で、明部の違いには鈍感。この視覚特性に合わせて明るさの見え方を補正したものが、非リニア空間(ガンマ補正空間)です。
これは、見た目が自然になるようガンマカーブで明るさを圧縮して表示しているためです。
ポイントまとめ:
特性 | リニア空間 | 非リニア空間 |
---|---|---|
加算の結果 | 1.0 + 1.0 = 2.0(実際の光) | 2.0に見えない(視覚補正) |
計算精度 | 高い(合成・ライティング向け) | 不向き(演算精度が落ちる) |
視覚効果 | やや地味/物理的に正確 | 自然で見栄えが良い |
主な用途 | CG制作・合成・演算処理 | 視聴・表示・動画編集 |
リニアで作らないとどうなる?よくあるトラブル例
1. ライトを増やしたのに、明るくならない
非リニア空間で合成を行うと、明るさが正しく加算されず、照明の効果が不自然になります。
光を重ねても「なんとなくのっぺり」した画になり、奥行きや立体感が失われやすくなります。
2. ハイライトが白く濁る/色が飽和する
ハイライト部分が白飛びしやすくなり、CGらしさが強く出てしまうことがあります。
加算やブラー処理によって、明部の色が簡単に飽和し、ハイライトが「白くベタ塗り」されたような質感になります。
これは、非リニア空間での処理では光の重なり方が不正確になるためです。
3. コントラストが落ちる/影が生きない
シャドウや暗部の階調が潰れ、立体感が失われる要因になります。
リニア処理を前提に設計されたCG素材を非リニア空間で扱うと、暗部の表現が崩れやすく、シャドウの深みや自然な立体感が失われます。

正しいワークフロー:リニアで作って非リニアで見せる
映像制作での基本的な流れは下記のようになります。
CGや合成用の素材はリニア空間で制作を行い、レンダリングもリニア空間で行います
リニア空間で制作された素材を合成する際は、リニア空間で作業を行い、次工程へ渡す素材を生成する段階でガンマ補正をかけ、非リニア空間に変換します。
映像編集は、Rec.709やsRGBといった非リニア空間で作業することになります。編集ソフトでも非リニアに対応していないものがありますので、この工程に渡す前段階で変換しておくのが理想です。
視聴者が見る映像は、非リニア空間のものになります。
よくある誤解
誤解 | 実際には… |
---|---|
ガンマ空間で作った方が見た目がきれい | 合成や光処理は壊れている可能性が高い |
リニア空間が暗くて地味だから避けたい | トーンマップを設定していないだけ |
素材の色空間は気にしなくてよい | 混在するとトーン破綻や色ズレが発生する |
補足:CGのリニアとカメラのLog/RAWはどう違う?
映像制作では、LogやRAWで撮影された実写素材とCGを組み合わせることがあります。ここで、両者の違いを理解しておくことが重要です。
比較項目 | CGのリニア | カメラのRAW | カメラのLog |
---|---|---|---|
空間の性質 | scene-linear | リニア(センサー依存) | 非リニア(ログカーブ) |
主な用途 | 合成・演算 | 現像・保持 | ポスプロ・グレーディング |
見た目 | 地味/暗い | 素の画像/調整前 | フラット/眠い |
変換の必要 | トーンマップ → 出力空間へ | RAW現像 or デベイヤー処理 | Log → Rec.709変換が必要 |
Log素材をCGに合成する場合は「Log → scene-linear」への変換が必要です。CG素材と同じ空間に揃えることが、破綻のない合成には不可欠です。
まとめ
- 合成や照明効果の演算が重要なCGは、リニア空間で制作することが必須
- 人間の目でみる映像は、非リニア(ガンマ補正処理)に変換する
- カメラ素材(Log/RAW)との違いにより処理もかわる
リニアと非リニアの違いを正しく理解することで、光の合成・素材の扱い・トーンの制御が格段に安定します。
次回は、After EffectsにおけるOCIOカラーマネジメントの基本と導入手順について解説したいと思います。
