師選びの大切さ——目指すべき形を、自分の中に持つということ

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師を持つ、ということ

「三年勤め学ばんより、三年師を選ぶべし」

古くから伝わる言葉です。誰に学ぶかを定めないまま三年学ぶより、三年かけてでも、本当に学びたいと思える師を探しなさい——。学び始めることを焦るより、まず「誰に学ぶか」に時間をかけてもよいのだ、という教えだと私は受け取っています。

剣道の世界でも、誰に学ぶかで、その後の剣道人生は大きく変わるように思います。長く稽古を続けてきた方ほど、この言葉の重みを感じておられるのではないでしょうか。

そして、これは武道に限った話ではない気がします。仕事でも、人生のどんな場面でも、「自分の理想とする人」あるいは「理想像そのもの」を持つことは、とても大切なことだと思うのです。

理想がはっきりしていれば、迷ったときに立ち返る場所ができます。逆に、目指す形があいまいなままだと、日々の努力がどこへ向かっているのか、自分でも分からなくなってしまうことがあります。

では、理想がまだ見えていないときは、どうすればよいのでしょうか。私は、「いいな」と思った人の行動や考え方を、知ろうとすることから始めればよいのではないかと思っています。それが、最初の一歩になるはずです。

地位や名誉だけでは、決められない

師を探すとき、つい肩書きや実績に目が行きがちです。高段者だから、有名だから、成功しているから——。

けれど、人それぞれ価値観も考え方も違います。世間的に地位や名誉のある方が、自分にとっての幸福や満足、成長につながる存在であるとは限らないように思うのです。

大事なのは「世間にとっての立派な人」よりも、「自分にとっての最高の師匠」に出会うこと。そこを目指すことが、出発点になるのではないでしょうか。

剣道の場合——「強い」だけではなくて

剣道で言えば、師として仰ぎたいのは「強い人」だけではないように思います。

構えの美しさ。稽古に向かう姿勢。剣道に対する考え方。礼の所作ひとつにも、その人の剣道観がにじみ出るものです。

「この人の、ここがいいな」「自分もこうなりたいな」——そう思える部分が見えてくるくらい、いろんな人を見てみるのがよいのではないでしょうか。一人の先生だけを見ていると、なかなか比較ができません。多くの剣士に出会い、稽古をお願いし、その姿を見せていただくうちに、自分が本当に目指したいものの輪郭が、少しずつはっきりしてくる気がします。

クリエイターの場合——作品は、その人の世界観そのもの

この構造は、ものづくりの世界にも、よく似た形で当てはまるように思います。むしろクリエイターの世界は、師選びがいちばん「見えやすい」分野かもしれません。

作品とは、その人の世界観そのものだからです。

何を美しいと感じるか。何にこだわり、何を手放すか。誰に、何を届けようとしているか。作品には、技術だけでなく、作り手の価値観や美意識が現れます。剣道の構えにその人の剣道観がにじむように、作品にも、その人の生き方がにじみ出るのだと思います。

だからこそ、クリエイターにとっての師選びは、ある意味で分かりやすいのかもしれません。その人の作品を見て、「自分の目指すものがそこにあるか」を、自分の目で確かめられるからです。言葉でどれだけ語るよりも、一つの作品の方が、その人を雄弁に物語ってくれることも多い気がします。

ここでも、気をつけたいことは同じです。話題になっている作品や、賞を獲った作品が、必ずしも自分の目指す方向とは限りません。世間の評価と、自分の心が動くかどうかは、また別のことのように思います。そして、一人に絞る必要もありません。この人の造形、あの人の光の使い方、その人の仕事への向き合い方——作品を通して、複数の作り手から自分の理想を編み上げていける。そんな面白さが、この世界にはあるように思います。

これは、学ぶ相手を選ぶときだけの話ではないのかもしれません。誰かに仕事を頼むとき、パートナーを選ぶとき——相手の作品を見れば、その人が何を大切にしているかは、おのずと伝わってくるものだと思います。

仕事の場合——「不満」が理想を教えてくれる

仕事では、どうでしょうか。

社会人になり働き始めると、大小の違いはあれ、何かしらの不満は出てくるものです。上司のやり方、会社の方針、仕事の進め方。不満のまったくない職場は、なかなかないのではないでしょうか。

ただ、この不満が、実は手がかりになることがあります。

その不満は、何に起因しているのか。では、本当はどうあるべきだと自分は思っているのか。

そこを少しずつ掘り下げていくと、自分の考え方や感じ方の「先にあるもの」が見えてくることがあります。それが見えてくれば、その方向を体現している人——つまり、自分が目指したい人を探しやすくなるのではないかと思うのです。

不満は、裏返せば理想の影なのかもしれません。「嫌だな」と感じる感性の中に、「こうありたい」という願いが隠れているように思います。

師は、一人でなくていい

ここでひとつ、付け加えたいことがあります。

師選びとは、誰か一人に絞ることではない、ということです。

「この人の考え方はいいな」「あの人の行動力は見習いたいな」——そんなふうに、複数の人の良い部分を組み合わせて、自分なりの理想像を描いていく。それも立派な師選びだと思います。

そのためには、やはり、いろんな人を見ることが欠かせません。

正直なところ、世の中には「ああはなりたくないな」と感じる出会いの方が多いかもしれません。でも、それでよいのだと思います。反面教師から「自分はどうあるべきか」を考え始めたのなら、その出会いには、きっかけとして大切なヒントがあったということ。そう考えると、無駄な出会いというものは、案外ないのかもしれません。

最後は、自分の理想を目指す

ここまでを振り返ると、いちばん大事なのは「目指すべき形」が自分の中で少しずつ明確になっていくことだと思います。

それは、必ずしも特定の誰かでなくてもよいのでしょう。

ただ、最初のうちは、誰か具体的なモデルがいた方がイメージしやすいことが多いように思います。あの人の構え、あの人の仕事ぶり——具体的な姿があるからこそ、近づくための稽古ができ、努力の方向も定まりやすくなります。

そして、学び続けるうちに、自分の考え方が少しずつ定まってくる。そのときが来たら、もう特定の誰かを追いかけなくてもよいのかもしれません。自分の理想そのものを目指していけばよいのだと思います。

師を探すことから始まり、やがて師を超えて、自分の理想へ向かう。

「三年師を選ぶべし」——先人がそこまで言ったのは、師選びがそのまま、自分の生き方を選ぶことにつながるからではないでしょうか。

師選びとは、結局のところ「自分は何を目指して生きるのか」を探していく旅なのだと思います。その第一歩は、誰かの姿に「いいな」と心が動いた、その瞬間から、もう始まっているのかもしれません。

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石水修司 株式会社フィジカルアイ代表/Adobe Community Expert
ベーマガに熱中した少年時代から、ベータカム時代の映像制作を経て、現在は3DCG制作のプロとして生成AI技術を活用した映像表現を手がけている。
Lancer of the Year 2016CGWORLD「CGごはん」選外優秀賞。今治市在住。

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