はじめに
食品において、「美味しそうに見える」写真は極めて重要です。食べる前に美味しさを目で伝え。食品に対して期待感を持たせ、気持ちを盛り上げるというのは、美味しさの第一歩になります。だって「美味しそう」に見えないものは食べたくならないでしょ?
しかし現場では、料理そのものに問題がないにもかかわらず、写真としてはシズル感が弱く、印象に残らないケースも少なくありません。その面ではシズル感のある画像が撮影できる、あるいは加工できるというのは、大変重要になります。
そのシズル感ですが、最近では生成AIにより、すでに撮影された料理写真を“編集”という形で補完することが可能になってきました。そこでこの記事では、生成AIを活用し、シズル感をマシマシにする方法について考えてみたいと思います。
もちろん、生成AIによる編集は撮影を否定するものではなく、撮影で写しきれなかった要素を、後処理として補うための手段の一つと捉えています。
食品写真における「シズル感」とは
今更ですが、食品写真で言われる「シズル感」とは、何でしょうか?
当然、味そのものを表現するものではありません。
シズル感とは、料理の状態を想像させる視覚情報の集合体といえるのではないでしょうか?
具体的には、次のような要素が挙げられます。
✅️湯気による温度感
✅️表面の艶や油膜によるジューシーさ
✅️水分や湿り気による出来立て感
✅️光の反射による立体感
これらが揃うことで、人は「熱そう」「柔らかそう」「出来立てだ」といった印象を自然に受け取ります。
逆に言えば、これらの情報が欠けると、料理の美味しさ感は少なく見えてしまうとも言えると思います。
これって、実は結構難しいことで、目の前の美味しそうな料理をそのまま撮影しても、目で見るほど美味しそうには撮れないものなんです。

なぜ料理写真は美味しそうに撮れないのか
シズル感の弱い料理写真には、共通した傾向があります。
❌️湯気が写っていない(写りにくい)
❌️表面がマットで乾いた印象になっている
❌️陰影が乏しい
❌️色どりや、温度感が乏しい
これらは、撮影条件や設定等で、写るはずの情報が写らなかっただけというケースがほとんどです。
料理自体や調理工程に問題があるわけではなく、写真として受け取れる情報が不足している状態、と考えるほうが適切でしょう。
これまではどうやってシズル感を補ってきたか
従来、シズル感を表現するためには、主に撮影現場での工夫が求められてきました。
・ライティング(逆光)を使って湯気を浮かび上がらせる
・表面にオイルやタレを足して艶を出す
・湯気が立つ一瞬を狙って撮影する(スチーマーを使う等)
それでも足りない場合は、レタッチや合成による後処理で補います。
湯気素材を合成したり、ハイライトやコントラストを調整したりといった方法です。
ただし、これらは経験や判断に依存しやすく、修正や複雑な加工を前提とした進め方になってしまい、撮影に要する手間がかなりかかっているのが実際だと思いますし、シズル感を専門に撮影しているクリエイターさんや業者さんも存在します。
生成AIによる「編集」をどのように使うのか
生成AIによる編集は、料理そのものを作り変えるわけではありませんし、盛り付けや構図を変更する話でもありません。もちろん、やろうと思えばできないことはありませんが、ここでの本来の話とは違うので、その部分については触れません。
ここで行うのは、本来そこにあるはずだった視覚情報を補うことです。
- 写らなかった湯気
- 弱くなってしまった艶
- 失われた水分感や反射・色どり
これらを後から補うことで、
「その場で見たときの印象」に近づけていく、という考え方です。
言い換えると、嘘を足すのではなく、写せなかったものを可視化する作業だと言えます。つまり、何をどのように足していくのかが、言語化して指示できればシズル感を付与することが可能になる、ということになります。
この「言語化」が生成AIにおけるプロンプトになります。
編集によるシズル感の高め方(考え方)
生成AIでシズル感を高める際には、いくつかのポイントがあると思います。
先程の「写せなかったものを可視化」は具体的にかきのようなものになります。
・湯気
・照り艶
・色どり(色調)
従来の方法でいう、ライティング、色調整、タイミングという要素を可視化していきます。
また、盛りすぎないことも重要です。全体を均一に強調するのではなく、伝えたいポイントを中心に編集していきます。伝えたいことを明確にした編集を行うことで広告写真として自然な範囲に収まります。
「伝えたかった要素をほんの少し強調する」程度の感覚が、編集によるシズル表現では重要になります。
実例
AI編集では、構図やライトの変更が可能です。斜めの構図にすることで肉の断面やバックライトによるテカリが出やすくなります。構図の変更やライティングの指示は、実際に撮影した経験があれば、より具体的な指示が出来ますので、トライ&エラーの回数が少なくとも目的の表現に近づけることができます。
※以下の実例は、Nano banana proを使用して編集しました。
ステーキ


元画像を斜めの構図に変更する
バックライトを強くして肉のテカリを強くする
湯気を追加する
すき焼き


シズル感のあるすき焼きの写真に変更
すき焼きのアップの構図に変更
湯気を追加、熱々の様子に変更
ラーメン


シズル感のあるラーメンの写真に変更、アップの構図に変更
レンゲを除く、麺が見ている状態にし、熱々の様子に変更
明るくして、鮮やかにする
バーベキュー


バーベキューのアップ画像に変更、シズル感のある画像にする
トング、手は除く、背景が見えないくらいの構図
煙はやや少なめにする
バックライトを強くして艶を強くする
湯気が出ている、網の下には炭火が見える
まとめ
食品写真における「シズル感」は、味そのものではなく、温度・湿度・艶・反射といった視覚情報の積み重ねによって成立しています。料理の美味しさを味以外で伝えるにはそれらの目からの「情報」を整理して表現する必要がある、とも言い換えることが出来ます。
生成AIによる編集では、盛り付けを作り変えたり構図を変えたり出来ますが、それだけではシズル感は高まりません。撮影時に写しきれなかったシズル情報を補い、その場で見た印象に近づけるための後処理が大切で、それを言語化して処理していくとく流れになります。
既存の料理写真を活かしながらシズル感を高めるという考え方は、撮影を否定せず、これまでに蓄積された素材を資産として再評価することにもつながります。生成AIは、そのための一つの有効な手段です。
次回は、こうした「編集」とは異なり、0から食品のシズル感を設計する場合の考え方について整理します。
ツールに依存しない視点に加え、継続的な再現性を高めるための LoRA という選択肢についても考えてみたいと思っています。

石水修司 株式会社フィジカルアイ代表/Adobe Community Expert
ベーマガに熱中した少年時代から、ベーカム時代の映像制作を経て、現在は3DCG・VFX・生成AIを融合した映像表現を手がける。Lancer of the Year 2016、CGWORLD「CGごはん」選外優秀賞。今治市在住。